Every place is filled with stories if you just scratch the surface.

MLB通信5;始球式

2019/08/17
 
Woodrow Wilson, Washington Senators home opener v. New York Yankees, Griffith Stadium, April 20, 1916.
この記事を書いている人 - WRITER -
メジャーリーグベースボールから透けて見えてくるアメリカの文化や習慣に関する記事、その他、旅、英語、音楽関連の記事を、ちょっと変わった視点で書いて行きます。

始球式。英語ではCeremonial first pitch。NPBでは、芸能界の方がマウンドから投げるのを良く目にします。因みに私は、完璧なフォームで投げる稲村亜美さんのファンです。12チーム全てのホームで始球式を務めるという夢を実現し、MLBにも進出して欲しいと思い、密かに応援しています。

日本の始球式では、先攻チームの一番打者が空振りをするという、お決まりの型があるようですが、MLBでは、打者が立つ習慣はありません。レギュラーシズンには、ホームチームやその都市に縁の、影響力のある人物が投手を務めることが多いように思われます。例えば私が2007年8月に現地で観戦したロイヤルズのゲームでは、地元カンザスシティーのレストラン協会長が始球式を務めていました。2013年8月に現地で観た、セントルイス・カージナルスのゲームでは、第2次世界大戦のベテラン、フロイド・ヒルマン氏を起用していました。また、衛星放送で観戦した今年6月26日のカブスのホームゲームでは、地元の名門・ノースウェスタン大学バスケットボールチームのシカゴネイティブ、クリス・コリンズヘッドコーチが投げました。彼はマドン監督と会話を交わし、試合中放送席に招かれ、異種競技間のコミュニケーションの重要性を語り、更には、セブンスイニング・ストレッチのテイク・ミー・アウト・トゥー・ザ・ボールゲームでコンダクターを務めてもいました。                                               国家の斉唱や演奏も、地元の学校や軍隊などのコーラスグループや楽団によって行われます。2001年4月に、ミルウォーキーのミラーパークで聴いた、地元少年少女合唱隊によるウィスコンシン州歌は、日差しの跳ねる春の日の、大陸の爽やかな乾いた空気に響く、それはもう美しいコーラスでした。2013年8月にピッツバ-グのPNCパークで聴いた国歌は、ペントラフォードウォーリアーズマーチングバンドによるすばらしい演奏でした。

ポストシーズンゲームでは、ホームチームのレジェンドが投げ、現役選手が受けるという形が多いようですが、複数人同時に投球し複数人の現役選手が受けたり、一人のレジェンドが投げもう一人のレジェンドが受けたり、形式は自由で様々です。観客はかつての名選手に惜しみない拍手を送り、現役選手はあこがれの先人と会話を交わし敬意を表す、私のとてもお気に入りの瞬間です。必要な時は締めて、それ以外は型に嵌めず自由。そんなやり方も、私は大変気に入っています。

粋な演出もなされます。ピッツバーグ・パイレーツが21年ぶりのディビジョン・シリーズ進出を賭けた、2013年ナショナルリーグ・ワイルドカードゲーム。その21年前、パイレーツにとってここまで最後のポストシーズンゲームとなっていた1992年ナショナルリーグ・チャンピオンシップシリーズ第7戦に先発し、今ではすっかり髪に白いものが多くなった、ダグ・ドレイベック氏が始球式を行いました。

また昨年のワールドシリーズ(BOS@LAD)第4戦。30年前、1988年ワールドシリーズ第1戦で足の負傷にも拘らず代打サヨナラホームランを放ったカーク・ギブソン(LAD)氏が、それを与えてしまったデニス・エカーズリー(OAK)氏の投球を受けるという形で始球式が行われました。二人は前夜、LA市内のレストランで、第3戦を一緒にTV観戦していたと言います。

2017年ワールドシリーズ(HOU@LAD)第2戦では、ロサンジェルス・ドジャースの専属アナウンサーを67年間勤め、前シーズン限りで引退した、”20世紀で最も偉大なスポーツアナウンサー”ヴィン・スカリー氏が、マイクで観客に語り掛けながらマウンドへ向いました。自らを実況しながら、投げる直前になって肩を負傷した演技をし、代役として出て来たのは何と、ドジャースOBのサイヤング・アウォード・ウィナー、フェルナンド・バレンズエラ氏。スカリー氏の実況の下、現役時代バッテリーを組んだ、スティーヴ・ヤーガー捕手コーチが投球を受け、ドジャースタジアムは拍手喝采に包まれました。                                        因みに前の記事「習慣の違い」に記した、大記録達成時や劇的な幕切れの際、歓声や拍手を聴かせるため沈黙に徹する手法は、スカリー氏が始めたものです。解説者を置かない同氏の実況を何度も聞きましたが、英語を母国語としない私にとってさえ、それは実に味わい深いものでした。

選ばれたファンがワールドシリーズの始球式を務めたこともありました。2014年ナショナルリーグ・チャンピオンシップシリーズ(STL@SF)第5戦、トラヴィス・イシカワ選手が放った、サンフランシスコ・ジャイアンツのリーグチャンピオンを決めるサヨナラホームランをライトスタンドで掴んだフランク・バークさんは、これをメモラビリアとしてキープすることも、また高額(一説には1万ドルとも)で売り捌くこともできた筈ですが、そのボールをイシカワ選手に返したのです。MLBの長い歴史の中でも、ワールドシリーズ進出を決めるサヨナラホームランは、数えるほどしかない偉業であることに配慮しての行動でした。このゲームの序盤で、フライボールの処理を誤った結果カージナルスに先取点を与えてしまっていたイシカワ選手にとって、それは更に格別なものであったに違いありません。ジャイアンツはバーク氏に、翌週に控えたワールドシリーズのチケットを贈呈すると共に、第3戦の始球式の大役を用意しました。受けたのは当然イシカワ外野手。務めを終え、同選手と共にダグアウトに戻るバーク氏の、恐縮するでもなく、臆するでもなく、まるで親友と話すような、自然で堂々とした姿が印象的でした。同氏はこのゲームを、奥様と共にAT&Tパークのスウィートルームで観戦し、「イシカワ選手と共にジャイアンツの歴史に刻まれたことに感謝する」とのコメントを残しています。

クリーブランド・インディアンスのホームで行われた今年のオールスターゲーム。開幕前に、今シーズン限りでの引退を表明していたニューヨーク・ヤンキースのCCサバシア投手は、前半戦の成績が伴わず、選に漏れました。日本のプロ野球では、前半戦、決して好成績とは言えなかったベテラン投手が、復帰したその姿見たさに選出されるようなこともあったようですが、MLBでは、成績が伴わなければ人気も出ないし、ましてやオールスターに選ばれることもありません。ファンは厳しくかつ公平な眼で見ています。仮に長年好成績を上げて来ていても、そのシーズン前半不調あれば、やはり選出されません。                                                   ここでアメリカンリーグは粋な計らいをします。長年に亘り高い実力と人気を維持し、数々の逆境を乗り越え、またかつてインディアンスの一員でもあったサバシア投手を、始球式に起用することでファンにその雄姿を見せたのです。そして更に試合終了間際、名将テリー・フランコーナ監督は、もう一つ粋な演出を用意していました。            1点リードの9回2アウト、100mph超えのクローザー、アロルディス・チャップマンの激励に、サバシアを行かせたのです。笑顔でゆっくりとマウンドへ向い、明るく会話を交わしてスキンシップも取り、集まった内野手全員とタッチを交わし、彼はダグアウトに戻ってハグで迎えられました。これら二つの場面で、プログレッシブフィールドは温かい声援と拍手に包まれたのでした。

この記事を書いている人 - WRITER -
メジャーリーグベースボールから透けて見えてくるアメリカの文化や習慣に関する記事、その他、旅、英語、音楽関連の記事を、ちょっと変わった視点で書いて行きます。

Comment

  1. Awesome post! Keep up the great work! 🙂

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Copyright© アルゲニー通信 , 2019 All Rights Reserved.