MLB通信4;ベースボールと野球に見る表現や習慣の違い
前の記事で、野球における和製英語を列挙しました。ここでは、米日における表現、更には習慣の違いについて述べてみます。
英語では、同じ単語が繰返し出て来ることを嫌います。くどく、また文章として稚拙な印象を受けるからです。それは日本語でも同様ですが、特に英語ではその傾向が強いようです。MLBのレポートも例外ではなく、the Pirates と言ったら、同じセンテンス内でPittsburghと表現したり、teamと書いたら、同じセンテンス内ではfranchise、次のセンテンスではorganizationと記すなどしています。
例えば以下の文章において、
It wasn’t just Martin’s pitch framing that Pirates pitchers raved about ; they also praised him for his ability to game-plan. Jeff Locke lauds Martin’s ability to keep hitters off-balance.
「褒める、称賛する」の意味に、「rave」、「praise」、「laud」という3つの動詞を使っています。
また次の文章で、
Kimbrel logged a clean ninth inning in Iowa’s 5-1 win over Omaha on Tuesday, Striking out two and throwing 16pitches. The reliever has completed four Minor League outings since signing a three-year, $43 million contract with the Cubs on July 7.
Kimbrelと選手名で記したら、次にはThe relieverと書いています。
もう一つ例を挙げると、
Just as the Pirates were criticized for trading A. J. Burnett and signing Francisco Liriano, they were also ridiculed for agreeing to a one-year, $5 million deal with Edison Volquez.
この文章ではまず、批判されたことを意味して、criticizedとridiculedを使い分け、また、投手を獲得したことをtrading, signing そしてagreeing で表現しています。私も前のセグメントで、言う、表現する、書く、記す、と変えてみました。
一つ前の記事「和製英語」で述べたとおり、「base」に対し「bag」や「plate」という別の表現があるように、他にも複数の表現を持つ用語が、ベースボールにはたくさんあります。
「catcher」には「backstop」という言葉があり、これは時にバックネットをも意味します。「Manager[監督]」には「skipper」。「Pitch[(投手が)投げる]」には「throw」や「hurl」があります。これに対応して、「pitcher」には「hurler」があります。日本で投手のタイトル争いを「ハーラーダービー」と言っているのは、このhurlerです。いずれも前述のとおり、近いセンテンスの中で使い分けています。
「hit[(打者が)打つ]」に至っては、「pound」、「slam」、「drive」、「connect」、「rip」、「belt」、「drill」、「blast」、「smack」、「smash」、「hammer」、「power」、「crush」と、こんなにたくさんの表現があります。これらは、繰り返しを避けるよりはむしろ、打球の質や打った状況などを表すための豊かな語彙だと思われます。使い分けの傾向をうまく掴めていませんが、「hit」は全てに適用される誇張のない表現で、「pound」は内野ゴロ、「drive」以降は安打、後半は鋭く大きな打球で、「crush」は、強い当たりの大ホームランの時にのみ使われているように思われます。grand slam(名詞)が満塁ホームランを意味することは、日本でも広く知られるようになりましたが、slam(動詞)は、凡打にも使われています。
他にも、内野ゴロを「ground」、内野フライを「pop up」で表現します。
“He grounded short.”(ショートゴロ) “Popped it up !”(打ち上げてしまいました) のように。
0あるいは1アウトでランナーを一塁に置いて、遊撃手の正面や少し二塁ベース寄りに飛んだ早いグラウンドボールを、「(ダブルプレーに)おあつらえ向きの打球」と言うのを、日本で時々聞きます。米国でも同じ表現をします。
“Tailor-made double play !“
これは、直訳したのではなく、たまたま一致したのだと私は推測しています。
対戦カード。日本ではホームチームを先に表記します。「阪神-広島」と言えばホームがタイガース。MLBでは逆で、ホームチームが後です。atを用いて、
Cardinals at(近年では@とも)Pirates
と表現します。「パイレーツのホーム、ピッツバーグで」というニュアンスでしょう。
日本では30年くらい前から、versusという単語が外来語として定着し、vs.という短縮形が、個人対個人、チーム対チームの対戦に用いられています。辞書にも、used to show that two people or teams are competing against each other in a game or court caseとあります。しかしMLBでは、皆無ではありませんが、日本ほど頻繁には使われておらず、上述のように、対戦カードを表現する場合、特に一覧表では、atあるいは@が比較的多く使われているように思います。
日本語で、右(左)打者が左(右)方向に打つことを「引張る」と言い、右(左)方向に打つことを「流す、流し打ち」と表現しますね。英語では前者を「pull」、その傾向が特に強い打者を「pull hitter」と言い、「引張る」はこの直訳と考えられます。しかし後者に相当する言葉が英語にはありません。アナウンサー達は、結果としてボールが飛んだ方向で「opposite side」「opposite field」「the other way」などと表現しています。このことから、ベースボールにおいて、バッティングは本来引張るものである、という考え方が覗われます。実際MLBでは、1番から9番まで、殆どの打者がフルスイングをして、目論見どおりなら打球の大半は引張る方向に飛び、結果的に流し打った打球には当り損ねが多く、意図して流す打者はあまりいません。
20年連続負け越しの、最後の5年間と2年間をそれぞれ担ってしまった、もう後のないハニントンGMとハードル監督。Travis Sawchik著「Big Data Baseball」は、スモールマーケットであるピッツバーグ・パイレーツが、膨大な数のデータを分析し、引張る方向への、内野の極端なシフトを採用するなどして成功した、2013年感動の実話です。立場の異なる人たちが、新しい考え方を受け入れ、それぞれの意見を尊重し、個々の能力を合計したよりも大きな力を発揮して成し遂げたそのストーリーについて、別途記事を書きたいと思っています。
日本語では、キャッチャーを務めることを良く「マスクを被る」と言いますね。「今日は矢野に代って野口がマスクを被っています」 英語にも間接的な表現があります。「behind the plate」です。
“Adam Wainwright is on the mound and Yadier Molina is behind the plate.”
高い確率で盗塁を阻止するキャッチャー、矢のような返球で刺殺したり進塁を阻止したりする外野手、ダイヤモンドの対角に力強い送球で打者をアウトにする三塁手や遊撃手を、日本では「肩が良い」と評し、「強肩」「鉄砲肩」などと称します。これに対し米国では、「肩」でなく「腕」で表現します。
McCutchen was a great player but lacked one skill: a first-rate throwing arm.
1960年代を中心に活躍したピッツバーグの英雄、ホール・オブ・フェイマー、ロベルト・クレメンテは、右翼手として群を抜いており、その強肩は“ライフルアーム”と称され、相手走者に恐れられていました。ルーキーイヤーに早くもファンはその守備と強肩に惚れ込んだと言います。近年、レーザービームという比喩が盛んに使われているのは、多くの人の知るところです。
大きく重要な試合が終わった瞬間、すなわちリーグチャンピオンやワールドチャンピオンが決まった瞬間や、レギュラーシーズンでも試合が劇的な幕切れをした時など、日本野球のTV中継ではほとんどの場合、アナウンサーが絶叫します。米国では逆。勝敗が決した瞬間、例えば、サヨナラの打球が外野に抜けたその瞬間から、30秒乃至1分くらい、アナウンサーも解説者も黙ります。この間一言も発せず、現場の喧騒を、ありのまま届けます。私はこういうやり方を、大変気に入っています。
開幕戦。日本のプロ野球は、3試合、あるいは6試合、同日・同時刻に始まりますね。
一方MLBでは、プロフェッショナルベースボール発祥の地、MLB最古のフランチャイズ、シンシナティーに敬意を表し、かつて毎年、トラディショナル・オープナーとしてレッズのホームゲームを他の試合に先駆けて開催して来ました。稀に同日開催される場合でも、他の試合は時間を遅らせて開始するのが習わしとなっていました。しかし1986年、デトロイト・タイガースが「日程上の理由」でこの慣行を初めて破り、レッズの試合よりも早くボストン・レッドソックスとの開幕戦を行ない、以降なし崩し的にこの習慣は消えてしまいました。
しかし近年、ただ一試合を開幕戦として位置付け、他の試合よりも1日乃至数日早く開催する習慣が復活しました。開幕戦として選ばれるのはそのシーズン話題のチーム。例えば2012年は、新しいボールパークがオープンし、更にフランチャイズ名がフロリダからマイアミに変わったマーリンズの、前年ワールドチャンピオン、セントルイス・カージナルスとの1回戦が開幕戦で、翌日から他の試合が一斉に始まりました。翌2013年は、新しくアメリカンリーグに移ったヒューストン・アストロズが、同じテキサス州のテキサス・レンジャーズを迎えて開幕戦を行ない、翌日から他の試合が始まりました。
この、ただ一試合のオープニングゲームに全米のファンが注目し、さあいよいよ始まるぞと盛り上がって行きます。レッズによるトラディショナルではなくなってしまってはいますが、私はこういうやり方も、とても気に入っています。
始球式。日本では、芸能界の方がマウンドから投げるのを良く目にします。因みに私は、稲村亜美さんのファンです。先攻チームの一番打者が空振りをするという、お決まりの型があるようです。 MLBでは、打者が立つことはありません。レギュラーシーズンには、ホームチームやその都市に縁の、影響力のある人物が投手を務めることが多いように思われます。例えば私が2007年8月に現地で観戦したロイヤルズのゲームでは、地元カンザスシティーのレストラン協会長が始球式を務めていました。また、TV観戦した今(2019)年6月26日のカブスのホームゲームでは、地元シカゴの、ノースウェスタン大学バスケットボールチームのクリス・コリンズヘッドコーチが投げました。彼はマドン監督と会話を交わし、試合中放送席に招かれ、異種競技間のコミュニケーションの重要性を語り、更には、セブンスイニング・ストレッチのテイク・ミー・アウト・トゥー・ザ・ボールゲームで観客をリードしていました。 ポストシーズンゲームでは、ホームチームのレジェンドが投げ、現役選手が受けるという形が多いようですが、複数人同時に投球し複数人の現役が受けたり、一人のレジェンドが投げもう一人のレジェンドが受けたり、形式は自由で様々です。観客はかつての名選手に惜しみない拍手を送り、現役選手はあこがれの先人と会話を交わし敬意を表す、私のとてもお気に入りの瞬間です。必要な時は締めて、それ以外は型に嵌めず自由。そんなやり方も、私は大変気に入っています。 始球式に関しては、別の記事に詳細を述べたいと思います。
MLBのTV中継では、イニングの合間、コマーシャルに移行する直前、一試合の中で一度は、アナウンサーがボールパークの美しさに言及します。単なる試合会場としてではなく、最大限アトラクティブに造られたボールパーク内をまず写し、カメラが引いてその全景を、更に引いて背景をも捉え、そして、
“Beautiful evening here in Los Angeles !”
そんな時、ボールパークの楽しさ・美しさをも含めMLBなのだ、とつくづく思います。また、歴史にも必ず一度は触れます。先人の偉業のみならず、長く貢献してきた建造物などにも敬意を払い、誇りに思って大切にしている様子が、試合の中継や記事からも伝わってきます。
ビッグデータの分析に基いた、2013年ピッツバーグ・パイレーツの、内野守備シフトとピッチフレーミングを重視した戦略や、2017年ヒューストン・アストロズによるフライボール革命など、ここ10年でMLBは劇的な変化を遂げています。これからも観続け、そこから透けて見えてくるアメリカの文化や習慣なども含め、楽しみたいと思います。
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Perfectly composed written content, Really enjoyed looking through. Jacqui Chicky Adele